本日も慌しく15P分入稿を終えましたが、急ぎの仕事が2件入り、
来週の連休は絶望的となりました。明日・明後日は打ち合わせが入っているため、
デスクの仕事はほとんどできず、結局、落ちついて原稿が書けるのは、
連休しかないのです。これでは新年会の参加も危険信号が灯っています。
さて、本日きた年賀状は5枚。そのなかでちょっとショッキングなニュースが。
秩父鉄道と皆野町の貴重な名物がひとつ失われてしまった。
2007年9月24日にめぞうと訪問した埼玉県皆野町の「そばよし乃」(写真上)の
ご主人からの賀状で、昨年末をもって閉店の知らせ。
実は昨年11月27日に皆野へ行き、こちらへ行くつもりだったのが、
老舗のうなぎやの看板が目に留まり、疲労でスタミナをつけたいがために浮気してしまったのです。
もちろん、ウナギ好きですからウナギも美味かったのですが。
「またチャンスはいくらでもあるさ」みたいな感じで……。
今春にはサクラの撮影で秩父鉄道に行くつもりでしたから、
年賀状に「また食べに行きますよ」なんて書いていたのかもしれません。
結果、2回しか行けなかったことを考えると誠に残念でなりません。
一応、お店のご主人に電話して簡単な取材をしました。
身内の方の体調が思わしくないため、お店を続けられなくなったそうです。
2000年9月に開店し、9年足らずの営業でしたが、
お店の看板を見ても分かるように「機械のない店」で、
でき上がるまでは少々時間がかかりますが、まさにスローライフのひと時が味わえました。
普段の駅の立ち食いそばなど茹でて数分、数秒ですからね。
なかでも僕が好きだったのが、写真の三色天盛り1500円でした。
といっても結局、2回ともこのそばで、他のメニューを食す機会はありませんでしたが。
味はこれまで食べたそばの十指に入る逸品です。
しかも手づくりの手間を考慮すれば、かなり安価であるといえましょう。
まさに、そば好きのご主人によるご厚意とモチベーションの賜物でした。
他の方々のブログでも紹介されているように、そば通には隠れた聖地になっていたのかもしれません。
驚くのは皆野駅の裏にあるのですが、外観は普通の民家の一角を改装しただけで、
ものすごく目立たない店なのです。僕が行った時間がずれていたせいもありましたが、
2回とも他の客がおらず、静かでくつろげる空間でした。
この店と出会いは2002年5月19日、『るるぶ埼玉2003』の取材。
食通のIさんにお店を指定されて訪問したのですが、
そのときの味が忘れられず、5年ぶりにご主人と再会したときは昔話に花を咲かせました。
ご主人には皆野町のガイドブックや名物の羊羹などもいただいて本当にお世話になりました。
しかし、2001年創業の当社もそうですが、個人経営の商店はしょせん後継者がおらず、
その一代限りで終わってしまうものなのです。
とくに編プロなど立ち上げては消えた会社を挙げればキリがありません。
しょせん、当社も僕一代限りで消えゆく運命ではありますが……。
美味しいそばというのは、やはり個人の技術によるものですから引き継げません。
ラーメンなら結構のれん分けで続いていくケースもありますが、
この「そばよし乃」の美味いそばは、思ひでとともに消えてゆくのです。
もう味わうことのできない手づくりのそば。
最終日の晦日にこの年越しそばが食せた方は本当に幸せだと思います。
そして一度キリでも食せた読者のドラえもん、めぞうにとってもよき思ひでとなるでしょう。
写真として残せたことは貴重な財産となり得ます。
最後にデザートに二度も食した伊吹だんご450円をUPして、
歴史記録官としての鎮守(Fikipedia)の脳裏にも焼き付けておこうと思います。