高知取材記3(7月27日)

shugoro2009-07-29

高知は最終日にて晴れ。天気予報では曇のち雨なので、
朝の5時30分に起きた時点では半ば諦めていましたが、
7時30分過ぎに目覚めてみると太陽が出ているではありませんか。
この日は10時より高知市観光協会で打ち合わせがあったのですが、
あわてて市内のポイントをおさえ、打ち合わせ終了後に高知城へ向かうことにしました。
12時に空飛鳥さんとも合流して、昨日と同様、3人で高知城へ行きました。

高知城といえば2006年の大河ドラマ功名が辻』の舞台。
2005年にはこの関係の取材で掛川・岩倉・木曽川など行ったんですが、
このときは結局、高知まで足を延ばせませんでした。
なので一豊像や千代像および現存天守高知城など収穫大です。
唯一残念だったのは天守が工事中になってしまったこと。
でも5層まではなかなか登りがいがあり、展示物も見応えありでした。
このあと高知駅の駅弁を三人で食したあと、それぞれ別れ、
高知県観光コンベンション協会に挨拶に行ったあと四国をあとにします。
以下がバースデイきっぷ最終日の行程です。


高知1613→(南風22号)→1704大歩危1741→1812阿波池田1825→(南風24号)→
1920児島1940→2003岡山


特急はグリーン車を利用し、最後の目的地は大歩危
大学時代に2分停車の執念でスタンプを押した記憶がありますが、
途中下車では初めてです。実は高校時代は現在の東京暮らしより、
山奥の村で暮らすことを将来の夢としており、
しかも国鉄が走り、特急も停車する理想の駅がこの大歩危駅だったのです。
現在は三好市になっていますが、市町村合併前は西祖谷村で、
あの頃はこの駅で務めたいと考えていました。
しかし、下車してみると駅員がいない。特急停車駅なのに駅員は午前中しかいないとか。
周辺にもとくに名所はなく、やはりかずら橋への玄関口でしかないようです。
駅前にスーパーがあったので歩危銘茶と怪しげな妖怪茶なるものを購入。
本来はそのまま次の特急に乗り継ぐ予定でしたが、
阿波池田のスタンプを押すため、普通列車で先行することにしました。
阿波池田もゴムのように固かったウナギ弁当を食した思い出があります。
当駅もすでに駅弁はなく、ホームにあった祖谷そばのスタンドは駅改札外併設の食堂になっていました。
フリー区間は児島までなので、一度児島で下車して岡山までは480円のきっぷを買います。
ところが版元から「原稿明日中に入れないと間に合わない」と電話があり、
自衛隊の広報からも連絡ないので大パニック。
キラキラバスの夜行で帰るか、ホテル泊まりにするか身動きがとれなくなります。
21時過ぎにようやく連絡がとれ、とりあえず代替コラムを書くことで決着。
本日の宿は自力で探したホテルリバーサイド。
カプセルは2280円ですが、フリースペースではLANケーブルが使えるので超ラッキー。
午前1時30分過ぎになんとか原稿を書き終えることができました。


≪追伸≫
実際は本日に帰社し、仕事も再開しましたが、
結局、支払いや伝票整理だけで1日終わってしまいました。
18時30分より神田小川町の『南部どりはなれ』で、空飛鳥さんとK岩御大と打ち合わせ。
打ち合わせの前、飛鳥さんに歴史グッズいっぱいの時代屋にも案内してもらいました。
鶏料理は(゚Д゚)ウマー


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