さようなら『越前屋』

shugoro2015-10-27

本日も『越前屋』さんの荷物片付けに出かけていましたが
この日をもって7代にわたって続いた新町の『越前屋』が閉店のはこびとなりました。
ただし、もうこの日は東京から引き取りのトラックが店前に止まっていたので
入店する客もまばらだったのは云うまでもありません。

『越前屋』さんといえば、屋号の如く先祖が越前から来たようで、
最初は金物屋だったそうですが、7代目夫人ジュンコさんによって
骨董や食器、洋服など販売するハイカラな店になっていました。
7代250年の歴史ですから、かつては住み込みの丁稚もいたし
また外国人留学生のホームステイ先にもなっていたとか。
かつては稲荷町ロートレックミュージアム(写真左)を営業していたこともあります。
残念ながら数年で閉館してしまったので、この館内を見学できず後悔です。
『越前屋』さんとの最初の出会いは2012年12月3日に郡上を訪れたときのことです。
郡上八幡には毎年訪れていたものの、宿止まりはこのときが初めてでした。
このときNさん経由で『越前屋』さんとは別の物件を紹介してもらいましたが
窓から見える吉田川の川底にいる魚の腹がチカチカ光る姿が感動的でした。
このとき洞泉寺YHに泊まり、下の『玉のや』に入ったのがきっかけで
2013年5月31日にはNさん『越前屋』ジュンコさんと、
『玉のや』で飲んだときにカズコさんの姉さっちゃんと知り合うことになり
郡上移住への道が開けていったのです。
本年6月30日に郡上へ移住して郡上八幡葵の城を正式にオープンしてから数日後、
『越前屋』が閉店するという話を聞き、一部の骨董品を譲り受けたのですが、
このあと7月中は結構、『越前屋』さんの片付けの丁稚奉公をしていました。
建物自体も国の登録有形文化財に指定されているのですが、
とにかく外観から想像もつかないほど奥行きがあり、
250年分の生活用品や骨董雑貨などがあるわけですから、この片付けは果てしなく続きました。
7月中はそれでももっとも金欠に苦しんだ月ですから生活面で助けられもしました。
8月に入ると、ジュンコさんS子ちゃんと白鳥おどりへ行ったり、
さっちゃんの店『やなかこみち』でみんなで楽しんだり
おどりが終わったあとも寿司屋などへ行って楽しみました。
『越前屋』さんが7代で終わってしまうのは残念ですが、
すでにお子さんたちも東京で自立しており、やむを得ない事情もあるのでしょう。
それでも、ジュンコさんは最後まで八幡の町の活性化に尽力し、
踊りシーズンはいつも店頭に提灯を灯していました。
踊りが終わり9月15日にジュンコさんはいったん新しい住居へ移りましたが、
1カ月後に戻ってきて、10月18日から最後の閉店セールを実施。
そして本日をもって閉店に至ったわけです。
これまで一般には入れない中庭(写真中央)や中の蔵、茶室、地下室などを片付けましたが
この日初めて奥の蔵(写真右)開封に至り、なんと電話台があるのにはビックリ!
他にもまだまだ掘り出し物のお宝が出てきました。さすがに小判はありませんでしたが。
すでに『越前屋』さんも売りに出されましたが、やはりあれだけの物件ですから
新しい買い手もすぐに見つかることでしょう。
あとは郡上八幡のルールを守って街づくりに貢献してくれる方に買ってもらえることを町の人は望んでいるのです。
ぐじょおへ来て入れ替わりのように『越前屋』さんの一家が東京へ引っ越してしまうのは
とても残念ですが、最後に高貴な出自のジュンコさんが登場する
こちらの動画でお別れしたいと思います。


さようなら『越前屋』!
願わくば新しい人がこの屋号を継いでくれますよう。


【人気blogランキングへ】