9月1・2日の取材から戻り、翌日は歯科への通院もあり、
銀行にも行くなど雑用でバタバタしていました。
今回の撮影は449枚と比較的少なかったのですが、
これについては後述するとして、とりあえず初日270枚分の整理ができましたので、
まずは「青春18」2冊目2回目(延べ7回目)の行程から。
新宿2354→(快速ムーンライト信州81号)→540白馬612→619神城645→
715南小谷751→846糸魚川852→934黒部……電鉄黒部1012→(富山地方鉄道)→
1042宇奈月温泉…宇奈月1106→(黒部峡谷鉄道)→1224欅平1249→(黒部峡谷鉄道)→
1407宇奈月…宇奈月温泉1418→1455新魚津…魚津1525→1549富山…
富山駅前1622→(富山地方鉄道)→1634大学前……西富山1730→
1749越中八尾(1945)→(2035)富山2118→2215金沢
ムーンライト信州の指定席がとれたおかげで、
移動がかなり先行できることになり、始発の新宿から白馬へ。
しかし、リクライニングは少ししか倒れないし、
減灯しないのはいかがなものでしょうか。乗客はそれなりに乗っていましたが。
熟睡には程遠いにしても、明け方の大糸線の車窓も楽しむことができてよかったです。
白馬では到着と同時に営業している駅前食堂があったけど、
かけそば600円だったのでパス。今回は充電器などを持参しなくてすむため、
荷物も比較的軽い斤量ですみ、サンダルに履き替えてあとはこれで移動します。
おかげで駅前の足湯にも気兼ねなく浸かれました。
白馬で南小谷行きまで、そのまま時間をつぶすのも勿体無いので、
神城で下車して駅舎などを撮影。南小谷からは新幹線開業と同時に
廃止がささやかれている非電化区間の気動車(写真左)です。
しかし、驚いたことに南小谷のホームで並んでいないと座れないほどの乗客。
大糸線は2009年12月30日と2010年9月10日にも乗っていますが、
まさか南小谷で立席がでるほどの乗車率は初めてでした。
ほとんどすべて「青春18」ユーザーですが、輸送実績には反映されないのでしょう。
「ムーンライト信州」を走らせれば、確実に乗り継ぎ客は増えるのに、
この連動がうまく行かないのは線自体がJR東と西に分断されている悲劇からです。
席だけは確保して糸魚川から北陸本線に乗り換え。
北陸本線のこの区間も新幹線開業で分離されますから、
葬式鉄が多いのでしょうか。いつもより混んでいた印象でした。
そして今回はムーンライトに乗れたため、プランに黒部峡谷鉄道を加えました。
最初はJRと接続する魚津で乗り換えるつもりだったのですが、
電車賃節約と下車駅増殖の写真撮影のため黒部で下車し、
電鉄黒部までの約700mは炎天下を歩きました。
電鉄黒部は昔ながらローカル私鉄のたたずまいで駅舎(写真中央)は立派でした。
スタンプや硬券入場券がないのが残念です。
富山地鉄は昔の名鉄を思い出すような10030形で車窓もローカルムード満点でした。
終着の宇奈月温泉(写真右)から200m離れた宇奈月駅まで歩き、
ここからはいよいよ黒部峡谷鉄道に乗り換えます。
黒部峡谷鉄道は88年に乗った以来ですから24年ぶりでしょうか?
本当は終着の欅平(写真左)から徒歩50分の祖母谷温泉まで行きたかったのですが、
プランのように25分の折り返しでしたから、手前の名剣温泉にも行けませんでした。
そうです。88年に乗ったというのは、この名剣温泉で1カ月ほど、
住み込みでのアルバイトをしていたことがあったからです。
さすがに仕事はハードで脱落者も出ましたが、
三食付でお金を使うところもないから貯めやすかった。
その代わり電話もなければ電気も自家発電という隔離された山小屋でした。
1995年の水害で露天風呂が流出したそうですが、現在はどう改修されたのか気になります。
あのときの専務さんは健在のご様子。でも当時のスタッフは全部入れ替わっているんだろうな。
帰りの宇奈月〜宇奈月温泉は11分の乗り継ぎで徒歩連絡は結構ハード。
そして新魚津でJRに乗り換えて富山へ向かいました。
富山から越中八尾への高山本線は混雑のため整理券配布でないと乗車できないため、
係員に確認をとってから市電で大学前(写真中央)へ行って撮影し、
大学前から高山本線の西富山へは歩きます。
大学周辺はコンビニができた以外はあまり変わった印象がありません。
西富山からの普通列車はもちろん座れることなく、混雑を我慢して越中八尾へ。
そしていよいよ冒頭写真のおわら風の盆を見学と思いきや
空が真っ暗で、駅を出た途端に土砂降りに。
天気予報では晴のち曇だったので本当にいい加減です。
しかもこの豪雨のため、結局駅へ戻らざるを得なかったのですが、
雨を避けるため駅に集中したので大混雑。
おまけに肝心の高山本線が雨で運転見合わせという失態。
この対応の悪さのため、怒り心頭の乗客もいたようですが、
結局、ホームまで入れたものの、列車が来ずホームで1時間以上待機する羽目に。
運転再開されたのが19時45分で、もうこれではおわら風の盆が観られず、
富山方面が座れないなら、猪谷行で折り返しも考えたほどでした。
なんとか富山行の列車に座れたものの、富山まで1時間近くかかる徐行運転。
おわら風の盆は高山本線しか有効な輸送手段がないので、
4両編成が限界かもしれませんが、もっとしっかり見学客を輸送してもらいたいものです。
結局、急遽購入したビニール傘も使わず、このまま持ち歩いて持って帰ることになりました。
富山到着後、おわら風の盆の臨時列車は運転再開していましたが、
ここまでダイヤが大幅に乱れると計画通りに行動ができなくなるリスクが高いため、
おわら風の盆は断念して金沢へ先行して、明日のプランに備えることに。
写真枚数が少なかったのはこのためだったのです。
ところが金沢駅周辺の安宿を探してもシングルがすべて満室。
仕方ないので当初の予定通り駅前ガストで夜を過ごそうとしましたが、
隣にあった東横インがミッドナイトサービスでシングル4300円をやっており、
部屋が空いていたので、ここでヨコになることができました。
グルメはランチに宇奈月温泉で買った円型の鱒の寿司1300円を食しましたが、
これはマスの身が無茶苦茶薄く駅弁のものよりも美味くなかったです。
駅の立山そばの天そば370円は(゚Д゚)ウマーで二度食しましたが、
なんと写真をすでに撮ったものと思い込んでいて撮りそびれていました。
あとは魚津駅の売店で購入した珍しい蒲鉾型の鱒寿司380円(写真右)も(゚Д゚)ウマー
結局、祭り見学ができなかったため、楽しみにしていた屋台グルメは食せませんでした。
来年はぜひ高山方面から越中八尾入りして、
おわら風の盆のリベンジしたいと考えています(つづく)。