国道41号で美濃・飛騨路を満喫(8月14日)

shugoro2011-08-17

すっかり更新が遅くなってしまいましたが、まずは本日の忘備録から。
なんとかこの日中に残りの写真整理を終えたかったのですが、
原稿戻しに予想外に時間をとられてしまい、全部整理し切れませんでした。
そして本日午後、静岡県浜松市天竜川舟下りで、23名を乗せた舟が転覆。
2名が死亡、3名が行方不明という惨事となりました。
舟下りを運営しているのは天竜浜名湖鉄道
一番の書き入れ時の事故は鉄道自体の存続にも暗い影を落とすことになってしまいました。
同鉄道は昨年3月27日に行ったばかり。舟下りは未体験ですが、
今後、他の川下りでも安全面などで影響が出てきそうです。


ということで14日の本題に入ります。この日は宿をとっていないため、
徹夜踊りの臨時列車を利用して寝る鉄をしたのですが、行程は下記の通り。


美濃白鳥420→450郡上八幡500→530美濃白鳥659→708北濃713→917美濃太田


美濃白鳥午前1時発もあったのですが、下りがないので、
とりあえず4時20分まで時間をつぶします。帰りは「青春18」を使ってもよかったのですが、
何せノートPCが重くてたまらないので、小関氏の車に便乗することに。
ただし、チェックアウトが9時過ぎのため、そこまでは1日フリーきっぷをもう1枚使って
時間をつぶして寝る鉄するしかありません。寝る鉄に徹するなら、
このまま美濃太田で折り返し、美濃相生あたりで引き返してくるほうが、
たくさん眠れるのですが、美濃白鳥駅前の白鳥おどり像と、
冒頭写真の終着・北濃駅にも寄るため、郡上八幡で折り返して、
再度、美濃白鳥へ戻ることになったわけです。
まだ陽もあがらない美濃白鳥のベンチで、30分ぐらいは眠っていたでしょうか。
明るくなってから昨夜の踊り会場はじめ、街中を散策しました。
そして唯一2番線から発車する北濃行に乗りますが、乗客は僕だけ。
僕が乗らなければ無人運転を余儀なくされたわけです。
終着の北濃駅は昨年も訪れており、二度目になりますが、
昨年は天候に恵まれませんでした。ただし、今回は5分折り返しのため、
荷物を車内に置いて急ぎ撮影しまくりました。
本年から北濃駅舎が農産物加工場兼店舗「花まんま」として活用されるようになり、
朝早くから地元のおばさんが駅の掃除をしていました。
このあと2時間は景色も見ることなく完全に寝る鉄です。
美濃太田に戻ってから小関氏の車に合流し、国道41号を北上し、
安房峠を抜けて中央道経由で帰ります。

もちろん国道41号といえばあの高山本線沿線で、飛水峡の風景写真も撮れました。
奥に写っていますのが、特急(ワイドビュー)ひだです。

このあと道の駅・美濃白川に寄って白川茶を購入しましたが、
この道の駅近くには高山本線の鷲原信号場(写真左)があり撮影しました。
この信号場へ行ったのは高校以来のことになりますが、様子はほとんど変わっていません。
むしろ信号場を駅に昇格して道の駅併設にしたほうが活性化につながったのではないでしょうか。
ここでも(ワイドビュー)ひだの通過がありましたが撮れませんでした。
お昼は下呂温泉街の『里の味せん田』で丼蒲豚1280円(写真中央)を食します。
納豆を飼料にした豚を使ったそうで、納豆自体は苦手ですが、
豚丼自体は柔らかくて(゚Д゚)ウマー
国道41号は高山本線と並行しているので、83年にドラえもんと各駅めぐりをしたこともありましたが、
今回は時間がないので、道の駅・飛騨街道なぎさと上枝駅に寄っただけで次の目的地へ向かいます。
目的地は2006年12月で廃止された神岡鉄道の線路を利用した、
レールマウンテンバイクでしたが、さすがに人気が高いようで飛び込みはNG。
残念でしたが、旧神岡鉱山前駅と旧飛騨神岡駅などにも寄りました。
感動したのは2006年11月19日以来、約5年ぶりに行った旧飛騨神岡駅(写真右)が健在だったこと。
さすがにホームまでは上がれないものと思っていましたが、開放されていました。
駅名標と駅に飾ってあった七福神像は撤去されていましたが。
5年前の写真と見比べれば今にも列車が来そうな面影を残しています。
現在は旧奥飛騨温泉口神岡鉱山前の3キロほどが、
マウンテンバイクでペダルを漕ぎながら、レールの上を走ることができ、
トンネルも2つ超えるので迫力満点です。次回こそは体験してみたいなぁ〜。
神岡をあとに新穂高温泉でひと風呂浴びたあと、
夕食で狙ったのが2011年5月4日の項で紹介した奥飛騨ガーデンホテル「焼岳」のキャビア
さすがにキャビアは宿泊者しか食べられないとのことでしたが、
レストランでの食事は可能だったのでここでカレーを食しました。
このホテルにはキハ27系を利用したカラオケ列車もあり、
イルファン垂涎の施設ということを付記しておきます。
帰りは大月ICの手前で若干の渋滞にはまりましたが、
あとは下道を利用して到着したのは翌午前2時過ぎでした。


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